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2015年02月25日

Battle in the Valley of Souls[改編]


[2015-03-11] : "ELEVEN ARMS of The Antichrist" のリンクを補正しました。#毎にアクセス出来るようになりました。
『6/17(17分の6)面教師』記事(苦しい計算の結果、『半面』より割を良くしておいてある。)
   大分前にbbs[=心に蘇る御言葉を英語聖書で]の方でも書いた事があったのですが、Valley of Harmaggedonとは、。。。
聖書には、大きな世界情勢や歴史のついて的確に予言されている箇所であっても、個人の状況に心の中ではMessageとして私たちに個人的に語りかけられるものも、同時に中規模なことにも当てはまっていたり、多角的だと思っていますが、
このValley of Harmaggedonも、地上に実在する特定箇所であるかもしれませんが、同時に、
当時私が気になったこの"valley"は、ひょっとしたらハッカー同士の戦いのようなインターネット上の事かも知れない(e.g.:"Silicon Valley", "Komazawa Valley"...)が、同時に、脳科学が発達し過ぎているので、終局的には、このvalleyが、一人ひとりの脳に始まり、魂、そしてより奥へ、一人ひとりの至聖所用に用意されている”霊”...(救われていると、そこは至聖所でしょうが、そうでないと、空洞を埋めるために、偶像(『半期リスト反キリスト(!)の11本の腕』
ELEVEN ARMS of The Antichrist: [#1:Lies & Deception] ; [#2:Money] ; [#3:Conspiracy] ; [#4:Number of People/Size of the Alliance] ; [#5:EGYPT] ; [#6-11:Witchcraft/OwnWorks/Sacrifices/Knowledge/Tradition/GoodIntention]参照)であるのも事実を物語っていますね。実際に、Youtubeを漁っていても最近の2015年関連には、霊的になって来ている、とはっきり言われている事もありますね。かつてCIAやDID DoD でこれらの技術を開発協力していたというDr.Robert Duncanの著書にも、この脳科学というかマインドマシーンテクノロジーは限り無く超常現象の域に入っているので区分を説明し難いそうで。
果ては悪霊、ソステ(←怖いのでわざとナマる)Nephilim, Alien...人は何かでそこを埋めようとする、というのはクリスチャンの間では知れている話の方へこのままだと脱線します。
  で、Valleyですが、Mind War/Info War...は 一人ひとりの心のValleyに行き着くのでは?
昨今の脳科学や、それらによるテロであるGang Stalking...でも言われ始めておりますように、
NephilimかAlienかDemon・Devil・Satan 等と言われている年老いた蛇は、要するに私達の魂を要求していますね。


また、Revelation18:11−17前後

10.  Standing afar off for the fear of her torment, saying, Alas, alas, that great city Babylon, that mighty city! for in one hour is thy judgment come.
 11.  And the merchants of the earth shall weep and mourn over her; for no man buyeth their merchandise any more:
 12.  The merchandise of gold, and silver, and precious stones, and of pearls, and fine linen, and purple, and silk, and scarlet, and all thyine wood, and all manner vessels of ivory, and all manner vessels of most precious wood, and of brass, and iron, and marble,
 13.  And cinnamon, and odours, and ointments, and frankincense, and wine, and oil, and fine flour, and wheat, and beasts, and sheep, and horses, and chariots, and slaves, and souls of men.
 14.  And the fruits that thy soul lusted after are departed from thee, and all things which were dainty and goodly are departed from thee, and thou shalt find them no more at all.
 15.  The merchants of these things, which were made rich by her, shall stand afar off for the fear of her torment, weeping and wailing,
 16.  And saying, Alas, alas, that great city, that was clothed in fine linen, and purple, and scarlet, and decked with gold, and precious stones, and pearls!
 17.  For in one hour so great riches is come to nought. And every shipmaster, and all the company in ships, and sailors, and as many as trade by sea, stood afar off,
 18.  And cried when they saw the smoke of her burning, saying, What city is like unto this great city!


13節には、”and slaves, and souls of men.”とあり、これらが起こる時代には、人の魂(心)までが商品化されているのですが、最近暴露されたハムステッドなどでの繰り返し書きたくないアレとも取れますが、一つ前に"and slaves,"があり、"Monarch slaves"などと言う通り、子供たちその他のこのタイプの犠牲は"slaves"にも属し、ここの"souls of men."こそがpsycheだけの件では?その中に、マインドマシーンでアイデアを盗作するのも含まれるでしょう。

Mindの中のValleyは、至聖所がぴったりと入るデザインなのですが、そこに至聖所があれば、1コリント2:11に、

For what man knoweth the things of a man, save the spirit of man which is in him? even so the things of God knoweth no man, but the Spirit of God.

と、ある通りではないでしょうか? これは、自分で救われて至聖所が住まわればよいのでしょうが、マインドマシーンでは取れないでしょう。ところが、satanが『神〜!』とやるためには、クリスチャンなどをターゲットにして集ストをし、マインドマシーンで最終的には聖霊様をアップロードしたいので、私たちを追い詰めているのでは?
これで思い出すのは、2Samuel6:6で、Uzzahがよろめいた聖櫃を手で押さえただけで命を落としたように、また、過ぎ越しで祭司長自身に非があるままで至聖所に臨むと命を落とすので必ず足に紐をつけて入り、祭司が聖所から引っ張り出せるようにしていた事も思い出しますね。出て来れた年の皆の喜びを思い図って喜んでしまう箇所ですね。

Ananniah & Saphillaのも含め、当時は一発でした。
以前も書きましたが、
最後には、誰のいかなる力も抑えてくれず、一人ひとりが自分の心をもって止めるしか手が無くなっている現状であるかのようなのは、外因に因らずに悪から離れることによって飴も出ず、悪を続けても鞭が来ないような状態の中で悪を選ばないくらいでないと、魂はNephillim・Alien/悪魔に取られてしまう、まさに最終的な試みの時期になって来ているかもしれませんね。
不当な苦痛の中でも、Habakkuku3:17−19のように、

 17.  Although the fig tree shall not blossom, neither shall fruit be in the vines; the labour of the olive shall fail, and the fields shall yield no meat; the flock shall be cut off from the fold, and there shall be no herd in the stalls:
 18.  Yet I will rejoice in the Lord, I will joy in the God of my salvation.
 19.  The Lord God is my strength, and he will make my feet like hinds' feet, and he will make me to walk upon mine high places. To the chief singer on my stringed instruments.

と心から思えたり、


  [2015-03-03 追記] この経験をしたのは3回目で、記事に但し書きをしたのもこれが3度目なのですが、以下の聖書を書いたからといって、別に私は悪い奴等の為に死んでも良いよ、などと言っても思ってもいないのですが、またもやそう誤解している集団が居るようで...(!) 
   で、「違う!」と書きに来ました。
   どこまで馬鹿にされているのでしょうか?? 一回目は、2010年のレントの時期に十字架への主の道のりについて思いをはせた記事を出したところ(その事を噛み締める時期が『レント』!)、『be』で、カトリックの夫婦の部屋のグロテスクな十字架の前で(あの、手足から血を流している男の人のついた十字架の像(私は個人的にアレがイエス様の像だとは思っていなかったりしています。むしろ、「一時受けた致命傷が癒されて。。。」とある、反キリストの甦る奇跡とやらは、この像を動き出すからくりでやって世界の『名ばかり−クリスチャン』達を騙すのではないかとすら思う事もあります)の前で仏教の人が仏壇の前の畳の上に正座している感じで正座なさっていて、読者を死に誘う異常な記事でした。二度目は、同じく艱難に関する御言葉を付け加えた記事を出した際は、キリスト教バージョンのジハディストと間違われた事があり、今回は、こうした記事内容の流れ上、どうしても、Jobという人物の信仰の結晶としてしばしば引用されている以下の部分など、別にクリスチャンなら引用しても普通どうとも思われないものなのに、私が引用すると必ず極端な異常心理的反応で死のうとしている風に誤解されて再三呆れてしまっています。どこの馬鹿がこんな事をファンタジーの様に酔いしれながら命をバーゲンする馬鹿が居るでしょうかね?。...
  [2015-03-07 追記] 今気が付いたのですが、矢張り私の成り済ましをしていたあの人物の発想というか人格と混同されたままなのではないでしょうかね...私 はもともと何度も言って来ているように全く『演歌調』度が0%ですし、従ってネチョネチョやベロベロな感覚はありませんし、―こういう言い方で通じなければ...→、私は全然センチメンタルでなく、事実でもない事や、全く現実的には未だ成立してもいない事をあたかもそうであるかのような「振り」をしあって 『思い込みゴッコ』=バーチャル話や匿名や架空やフィクションやファンタジー、現実的に成立していない関係の「ごっこ」には、付き合いません。逆に、特にあの私に成り済ましてすきすきアピールをかましていたあのタイプにとっては格好の場でもあるでしょうが...それは私の話ではないので、未だ知りもしない人たちが、私の事をとんでもない別のタイプや思想や感性や人格と取り違えたままなのでは?ネット上で経験した殆どのコンタクトでの嫌がらせや攻撃がそれのせいである可能性がとても高く、知っていながらあえて攻撃に加わっていたのではないかもしれないのです。あの私が訪問するといきなり始まっていた[荒し」も、共謀して話を展開させていたのかと思っていたのですが、もしかしたら、本当に外部からの荒しだと思っていたのでは???何度も言いますが、私ではありません!。



ヨブの様に、

Job13:15
Though  he slay me, yet will I trust in him: but I will maintain mine own ways before him.

や、

Revelation12:11

11.  And they overcame him by the blood of the Lamb, and by the word of their testimony; and they loved not their lives unto the death.

と思える場合は、Overcomerではないでしょうか?
1John chs.2 & 5 、Heb 11:1~。
Faithには、「堅く立つ」という意味合いもあるようですね。
Ephesian ch6の霊的戦いも、悪のように、略奪したり、騙す事に成功したり、「ターゲットが苦しめばエクスタシーに浸って魂のエネルギーとする」?だかなんだか、気持ち悪い人達ですが、そうではなく、よろめかないでいるようにしているのが、聖徒に果たされているOvercomerの目標の様ですね。

私は、多くのクリスチャンではない人たちは、本当は本当の神様なら大好きなのに、教会の中には、潜伏されて久しい箇所などがありますから、ストレートなサタニズムより遥かに本格的なさたんの場になっている方を見過ぎてキリスト教化されているからガマン出来ないという善人が大勢居るように思える事もありますね。

考えを垂れ流し始めましたので、この辺に致します。


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